2026年8月13日、ハードウェアウォレット大手のTrezorが「配送業者の1社がデータ侵害を受け、顧客の注文情報が漏洩した」と公式ブログで発表しました。

ハードウェアウォレットといえば、現時点で最も安全と言われている暗号資産(仮想通貨)の保存方法です(完全自己責任の重さはあるが)。記事によると、ウォレット自体のセキュリティ問題ではなく、配送の記録が漏れたという話でした。

「どこの誰がこの自己保管用ウォレットを持っている」が悪人に知られたとなると、安心して暗号資産を保管できません。ですが、いくらウォレットが堅牢でも関連工程での漏れまでカバーするのは現実問題難しいと思います。

なるほど、ウォレット選びは一筋縄ではいかないなぁと思うとともに、「そもそもウォレットの種類をちゃんと知らないな」と気づいたので、まとめてみました。

そもそもハードウェアウォレットとは?

画面に鍵が表示されたUSBデバイスの絵

暗号資産の世界では、資産を動かすカギは秘密鍵という長い数字にあります。以前のMoneroテストネットの記事で「アドレスは公開の宛名」と書きましたが、秘密鍵はその対となる実印のようなもので、これを盗まれる=資産を全部持っていかれる、ということになります。

そして、ハードウェアウォレットとは、この秘密鍵を専用の物理デバイス(TrezorやLedgerが有名。価格は1万円前後〜)に閉じ込めてしまうツールです。

このハードウェアウォレットが叶えるのは、鍵をデバイスの外に出さない状態。

具体的に、このツールを使って送金するときの流れはこうなっています。

  1. PC側で「誰にいくら送る」という取引データを作る
  2. 取引データをデバイスに送る
  3. デバイスの中で署名(実印を押す作業)が行われる
  4. 署名済みのデータだけがPCに返ってくる

PCとやりとりするのは取引データと署名だけで、鍵そのものはデバイスから出ません。だから、仮にPCがマルウェアに感染していても鍵は盗めない。PC側に盗むべき鍵が存在しないからです。

さらに送金にはデバイスの物理ボタンを押す承認が要るので、マルウェアが勝手に送金することもできません。

ただしこれは、デバイスの画面に表示された送金先を自分の目で確認してからボタンを押すのが前提となっています。PCの画面がマルウェアに書き換えられる可能性があるので、PC側の表示だけを信じて承認すると、すり替えられた宛先に送ってしまう余地が残ります。

鍵はデバイスが守り、承認するのは物理的な人間、という役割分担になっています。

今回漏れたのは?

Trezorの発表によると、漏れたのはデバイスの中身ではなく注文データです。

  • 配送業者(ShipMonkという会社)が使っていた外部ツールの脆弱性が突かれた
  • 漏れたのは氏名・住所・電話番号・メールアドレスといった注文にひもづく情報で、約13,700人分
  • 対象は2026年5月10日〜8月8日に米・英・スウェーデン・コロンビア・ブラジル・イタリア・ポルトガルで注文を受け取った顧客
  • デバイス本体・秘密鍵・ウォレットのバックアップは無事(Trezorのシステム自体は破られていない)

先述のように、「暗号資産を持っている人の名簿」が住所付きで漏れた、という当人にしたら結構怖い状況です。

前例があり、2020年に同業のLedgerで顧客リストが漏洩したときは、その後何年にもわたって「お使いのデバイスに問題が見つかりました。シードフレーズ(ウォレット復元用の合言葉)を入力してください」型の標的型フィッシングが続き、自宅への脅迫に発展した事例まで報告されました。合言葉を入力させてしまえば、デバイスがどれだけ堅牢でも資産は抜けます。

Trezorも今回の発表で「バックアップ(シードフレーズ)は絶対に誰にも教えない・オンラインで入力しない」と、あらためて注意喚起しています。ウォレット側がどんな設計でも、最後は人間が騙されたり、襲われたりしたら終わり・・・ということですね。

ホットウォレット・コールドウォレット

炎と雪の結晶が点線で仕切られた絵

ウォレット分類の軸は、**「秘密鍵がインターネットにつながった機器の上にあるかどうか」**となっています。

  • ホットウォレット: 鍵がオンラインの機器上にある。PCやスマホのウォレットアプリ、取引所に預けっぱなしの状態など。便利だが、ネット越しに狙われる危険性あり。
  • コールドウォレット: 鍵をオフラインに隔離してある。専用のオフラインデバイスの中など。盗みにくいが、送金などに使うのが面倒

最初は漠然と、「コールドウォレット」=「ハードウェアウォレット」・・・?と思っていましたが、正しくはコールドが大分類(概念)で、ハードウェアウォレットはその実現手段のひとつ、という区分でした。ほかにも手段はあって、温度順に並べると以下のようになります。

置き場所 温度 ひとこと
取引所に預けっぱなし 最ホット 鍵を自分で持ってすらいない
PC・スマホのウォレット ホット 鍵がオンライン機器の上にある
ハードウェアウォレット コールド 鍵は専用デバイスの中。USBでPCにつなぐ
エアギャップウォレット よりコールド 鍵の入った機器がネットに一切つながらない
ペーパーウォレット 最コールド 紙に書いてあるだけ

下に行くほど盗まれにくく、そして使うのが面倒になります。

1点、「ハードウェアウォレットはUSBでPCにつなぐのに、なぜコールド??」という問いが出てくると思います。この答えは先ほどの仕組みの通りで、オンラインに触れるのは取引データと署名だけで、鍵は出ていかないからです。(ただし厳密派の人は、USB接続があるという点からエアギャップウォレットより一段落ちる、という認識のようです)

最コールドとしたペーパーウォレットは紙に鍵を書いておく方法で、保管だけなら確かに最強コールドです。ですが使うときに鍵をオンラインの機器へ打ち込むのが難点です・・・。しかも一度でも打ち込んだ鍵は「もう漏れたかもしれない」とみなして、残高を全部別のアドレスへ移して紙ごと使い捨てるのが定石だとか。

いくら安全と言われても、何度も繰り返すうちに書き間違いが起こりそうで個人的にはガチホ時以外は無理な気がします。

エアギャップウォレットが面白い

ケーブルの届かない位置にある、QRコードを表示したスマホの絵

ハードウェアウォレットを使っても、サプライチェーンリスク(今回取り上げた物流などの関連工程リスク)までは排除できない。そこでさらに調べていて面白かったのが、エアギャップウォレットです。

エアギャップ(air gap)は「空気の隙間」、つまりネットワークと物理的に切り離されていることです。例えばこんな実装があります。

  • Cupcake(Cake Walletの姉妹アプリ): 使い古したスマホを完全オフラインの署名専用機にする。取引データはQRコードを画面に表示してカメラで読み合う形で受け渡す。ケーブルすら不要です
  • SeedSigner系: Raspberry Piを署名専用機に仕立てる同種のアプローチ

なお、QRコードで署名する市販のエアギャップ専用機もあります(その場合は購入記録は残ります)。私が面白いと思ったのは、上の2つがどちらも余っているデバイスが役に立つという点です。専用デバイスが不要なので、そもそも「ウォレットを買った」という購入記録がどこにも発生しません。余っているデバイスさえあれば0円で安全なウォレットを手にいれることができます。

といっても私自身はまだ保管すべきコインもない状態ですが、これを知ったときに「面白そう!作りたい!」と強く思いました。

例えばこんな風に

炎の箱から雪の結晶の箱へ矢印が伸びる絵

Moneroテストネットの記事で、「Bitcoinのような透明型のチェーンでは、マイニングの受取アドレスは掘ったブロックに刻まれて半公開になるので、受取用と保管用でアドレスを分けるべき」という話を書きました(Monero自身は例外的に、ステルスアドレスという仕組みで受取アドレスが読めないようになっています)。

その続きとして、分けた後の保管用アドレスの鍵をどの温度に置くかということを考えるとこんな感じがいいかと思いました。

  • 受取用(マイニングの宛名): ノード側で使うのでホットのまま
  • 保管用: 貯まってきたら、鍵をコールド側(エアギャップの署名専用機など)へ移動